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東京高等裁判所 昭和57年(行ケ)28号 判決

原告

土居栄治

右訴訟代理人

山原和生

被告

公害等調整委員会

右代表者委員長

青木義人

右指定代理人

並木茂

外二名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告が公調委昭和五六年(フ)第一号岩石採取計画認可処分取消裁定申請事件につき、昭和五六年一二月一七日にした裁定を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨の判決

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、昭和五六年一月九日付をもつて、被告に対し、高知県知事(以下「処分庁」という。)が訴外田中オリビン礦業株式会社(以下「訴外会社」という。)に対し昭和五五年八月一一日付でした岩石採取計画認可処分(以下「本件認可処分」という。)の取消しを求める裁定申請をしたが(公調委昭和五六年(フ)第一号事件)、被告は、昭和五六年一二月一七日別紙のとおり右申請を棄却する旨の裁定(以下「本件裁定」という。)をした。

2  しかし、本件裁定は、以下の理由により取り消されるべきものである。

(一)(1) 本件裁定は、「訴外会社が本件認可申請書に添付した訴外尾崎幸夫作成の「金山の所有権に係る証明書」(以下「本件証明書」という。)は、岩石採取計画の認可を申請する採石業者が採石法第三三条の三第二項同法施行規則第八条の一五第二項第七号の規定により、申請書に添付すべきものとされる「岩石採取場で岩石の採取を行なうことについて申請者が権限を有することまたは権限を取得する見込みが十分であることを示す書面」(以下「権限を示す書面」という。)に該当しないから、処分庁はかかる認可申請を却下すべき義務がある。」旨の原告の主張について、「採取計画認可申請書に右書面の添付が要求されるのは、採石権原がないか又はこれを取得する見込みのない者を排除して無用な認可処分がされることを防止しようとするに過ぎないものと解されるから、処分庁としては、認可処分当時何らかの事由により採石権設定者に実体上その権原のないことを知つている等特段の事情が存在しない限り、右添付書面により採石権原又はその取得の見込みを一応認定することが可能である以上は、更に進んで実体に立入つて審査する義務はないというべきである。」としたうえ、訴外尾崎・訴外会社間の採石権設定契約書及び本件証明書をもつて「権限を示す書面」に該当するとした処分庁の判断は是認することができる旨判示し、前記主張を排斥している。

(2) しかし、採取計画認可申請書に「権限を示す書面」の添付が要求される理由は、本件裁定の説示するところにとどまるものではない。すなわち、採石権原又はこれを取得する見込みのない者が採取計画認可申請をし、認可を得て岩石の採取を行えば、当該土地の所有権等の財産権を侵害することは明らかであり、このような違法な採石行為を事前に防止することも右書面の添付が要求される理由の一つであると解すべきである。

そして、本件認可申請書に添付された書面によれば、本件土地の登記名義人と訴外会社に採石権を設定した者との間に不整合があること、すなわち、訴外会社は本件土地の共有名義人の一人である訴外尾崎との間に採石権設定契約を締結しているにすぎないことが明らかであるところ、この場合、前記「権限を示す書面」としては、訴外尾崎が登記簿の記載にもかかわらず本件土地の単独所有者であることを証する書面か、同訴外人以外の共有者全員も訴外会社に対し本件土地における採石を承諾する旨の契約書又は予約契約書しか考えられない。ところで、本件証明書は、訴外尾崎が自己の単独所有権を一方的に主張する書面にすぎず、右にいう単独所有者であることを証する書面にあたらないことは明らかであり、しかもこれに添付された資料自体の中にも、訴外尾崎以外の原告を含む共有名義人が本件土地につき現に共有持分権を有しており、本件土地が同訴外人の単独所有に属するものではないことを示す証拠が見出されるのに、処分庁は、訴外尾崎以外の共有名義人について事情聴取その他何らの調査もしていない。また、同訴外人以外の共有名義人が訴外会社の本件土地における採石を承諾する旨の書面は当然のことながら処分庁に提出されていない。

したがつて、本件認可申請書に添付されている書面は、「権限を示す書面」に該当しないことが一見して明らかであり、処分庁としては、右書面によつては、訴外会社の採石権原又はその取得の見込みをたとえ一応たりとも認定することができないはずであるのみならず、かえつて、訴外会社に実体上採石権原のないことを極めて容易に知りえたものというべきであり、本件認可処分は、認可申請書に「権限を示す書面」の添付がないにもかかわらず行なわれた違法なものといわなければならない。

(3) 右の次第であるから、原告の前記主張を排斥した本件裁定は、採石法第三三条の三第二項、同法施行規則第八条の一五第二項第七号の規定の解釈、適用を誤つている。

(二) 本件裁定は、「採石権原のない訴外会社からされた本件認可申請は、原告の財産権(共有持分権)を侵害することとなるから、採石法第三三条の四に定める公共の福祉に反する場合にあたる。」旨の原告の主張について、右規定は、専ら公益的見地から採取計画を規制しようとするための基準を定めるものであつて、私人の土地所有権等を保護しようとするものではないとして、右主張を排斥している。

しかし、「公共の福祉」とは、個人の人権相互の間の矛盾、衝突を調整する原理としての実質的公平の原理をいうのであり、右規定の趣旨は、採石権を行使し財産的利益を得る権利と他の権利、権益との調整を図ることにあるものと解されるから、他の権利、権益を公益に限定する理由は全くなく、それが私人の土地所有権であつても、右規定により保護されるべき十分な理由がある。しかも、本件においては、訴外会社は、採石権原を有せず、採石により財産的利益を得る権利がそもそもないのである。

したがつて、本件裁定は、右規定の解釈、適用を誤つている。

3  原告は、新たな証拠として、甲第一、第二号証を提出する。

原告は、本件土地の共有者である島崎進外一名と共に本件土地の不法占拠者を被告として、高知地方裁判所に損害賠償請求訴訟を提起し、係争中であるが、右訴訟のための証拠資料を探索中、本件裁定がされた後である昭和五七年一月中旬ころ、島崎進が保管する書類の中から甲第一、第二号証を発見した。原告は、それまで右証拠の存在すら知らなかつたから、裁定委員会の審理に際して右証拠を提出することができず、かつ、これを提出できなかつたことについて原告に過失はない。

右甲第一、第二号証は、訴外尾崎作成の本件証明書の記載内容及びその添付資料と明らかに相反するものであり、処分庁は、本件認可処分にあたり、調査をすれば、これらを容易に入手することができ、これらと対比すれば、本件証明書が「権限を示す書面」に該当しないことが一層明白となつたはずであるのに、漫然本件証明書のみをもつて右書面に該当するものと判断したものである。したがつて、右証拠が裁定委員会の審理において取り調べられていれば、本件裁定の判断は当然異なるものとなつたはずであるから、さらに右証拠を取り調べるため、本件は裁定委員会に差し戻されるべきである。

4  よつて、本訴請求に及んだ。

二  請求原因に対する認否及び反論

1  請求原因1は認める。

2(一)(1) 同2(一)(1)は認める。

(2) 同2(一)(2)のうち、本件認可申請書に添付された書面によれば、本件土地の登記名義人と訴外会社に採石権を設定した者との間に不整合があること、処分庁が訴外尾崎以外の共有名義人について格別の調査をしていないこと、同訴外人以外の共有名義人による訴外会社の採石を承諾する旨の書面が処分庁に提出されていないことは争わないが、その余は争う。

採石法上岩石採取の権原につき都道府県知事に実質的審査を義務づけた規定がなく、都道府県知事としては、私法上の権利関係である採石権原の存否を最終的に判断する権限を有しないことにかんがみると、同法施行規則第八条の一五第二項第七号の規定は、実体上採石権原のない者による違法な採石行為の防止までも目的とするものとはいえない。

処分庁としては、訴外会社と採石権設定契約を締結している訴外尾崎が本件土地の単独所有者であることについては確信を抱くに至らなかつたものの、前記不整合を補完するものとして提出された訴外尾崎作成の本件証明書について、同書面の記載内容だけでなく、従前訴外会社の操業につき何らの紛争も生じていないという経緯等をも考慮した結果、本件証明書及び訴外尾崎・訴外会社間の採石権設定契約書をもつて認可申請に必要な「権限を示す書面」に該当すると判断したものであつて、処分庁には、採石権原につき実質的審査義務がなく、その存否を最終的に判定する権限がないことにかんがみ、処分庁の右判断は是認されるべきである。

(3) 同2(一)(3)は争う。

(二) 同2(二)は争う。採石法第三三条の四の規定は、採石業の実施に伴う被害防止のため、公共の福祉を優先する観点から、同条に規定する場合に限つて岩石採取の自由を制限するものであるから、同条自体は、直接、私人の土地所有権等を保護しようとするものではない。

3  同3は争う。

裁定委員会の審理においては、本件土地の所有権をめぐる経緯に関し、甲第一、第二号証と同旨の本件証明書(添付資料を含む。)が提出されており、原告主張の損害賠償請求訴訟の共同原告である本件原告としては、甲第一、第二号証のような証拠の存否についても当然検討を行ない、右審理当時右証拠の存在を知つていたか、又は少なくとも容易に知りえたものというべきである。したがつて、右証拠の申出は、鉱業等に係る土地利用の調整手続等に関する法律第五三条第一項第二号所定の要件を具備しない不適法なものである。

仮に、右証拠の申出が右要件を具備しているとしても、本件裁定は、関係証拠により、本件土地の権利関係につき紛争が存在し、訴外会社の採石権原が必ずしも明確であるとはいい難い事実はこれを肯定しているのであり、本件の争点は、右紛争が存在するにもかかわらず、本件証明書及び本件採石権設定契約書を、その記載内容のほか従前の経緯等客観的事情をも総合考慮して「権限を示す書面」に該当するとした処分庁の判断の当否にあるのであつて、右権利関係の存否自体にあるのではないから、甲第一、第二号証は、本件裁定の結論に影響を及ぼすものではなく、これを取り調べる必要がない。

第三  証拠関係〈省略〉

理由

一請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

二原告は、請求原因2において本件裁定が取り消されるべきものであると主張するので、以下検討する。

1  請求原因2(一)について。

本件認可申請書に添付された書面によれば、本件土地の登記名義人と訴外会社に採石権を設定した者との間に不整合があること、処分庁が訴外尾崎以外の共有名義人について格別の調査をしていないこと、同訴外人以外の共有名義人による訴外会社の本件土地における採石を承諾する旨の書面が処分庁に提出されていないことは、いずれも当事者間に争いがない。

原告は、採石権原のない者による違法な採石行為を事前に防止することも、採石法第三三条の三第二項、同法施行規則第八条の一五第二項第七号の規定が「権限を示す書面」の添付を要求する理由の一つであると主張するが、採石法には、採石業者からの岩石採取計画の認可申請を審査するにあたり、都道府県知事に私法上の権利関係である申請者の採石権原の有無を審査する義務がある旨を定めた規定がないこと、また、都道府県知事には右採石権原の有無を最終的に判断する権限はなく、申請に対し認可処分がされたからといつて、岩石の採取が禁止されていることに伴う公法上の不作為義務が解除されるにとどまり、採石権原が新たに設定されるものでないことはもちろん、その存在が公権的に確定されることになるものではないことに照らすと、右規定が「権限を示す書面」の添付を要求する趣旨は、本件裁定が説示するとおり、採石権原がないか、又はこれを取得する見込みのない者を可能なかぎり排除して無用な認可処分のされることを防止しようとすることにあるにすぎないものと解するのが相当であり、右規定が採石権原のない者による違法な採石行為の防止を直接の目的とするものとは解されないというほかない。そして、右に述べた右規定の趣旨からすれば、都道府県知事としては、認可処分当時何らかの事由により認可申請者に実体上採石権原のないことを知つている等の特段の事情がない限り、添付された書面により採石権原又はその取得の見込みを一応認定することが可能である以上は、更に進んで実体に立ち入つて審査する義務はなく、かつ、当該書面がそれによつて右認定をすることのできる書面として、前記規定の要求する「権限を示す書面」に該当するものであるか否かを判断するにあたつては、単に書面の記載だけではなく、当該土地の現実の利用状況や認可申請者の操業をめぐる紛争の有無など従前の経緯をも考慮に入れることができるものと解するのが相当である。

これを本件についてみるに、本件裁定がその理由第二の二の(一)ないし(四)において認定した事実関係及びその説示するところによれば、訴外会社と採石権設定契約を締結している訴外尾崎が本件土地の単独所有者であることについては紛争があり、訴外会社の採石権原が必ずしも明確であるとはいい難いものの、本件認可処分当時処分庁において、訴外会社に採石権原のないことを知つていた等の前記特段の事情は存しないというのであるから、右認定の事実関係、就中、本件土地の一部が事実上分割占有されている状態であり、また、訴外会社の操業に関し従来何らの紛争も生じていなかつたという客観的事情を訴外尾崎・訴外会社間の採石権設定契約書及び本件証明書と総合考慮するときは、右各書面により訴外会社の採石権原又はその取得の見込みを一応認定することが可能であるというべきである。したがつて、訴外尾崎以外の共有名義人について格別の調査をすることなく、右各書面をもつて「権限を示す書面」に該当するものとした処分庁の措置、判断はこれを是認することができ、右と同旨の本件裁定の判断は正当である。

よつて、原告の請求原因2(一)の主張は採用することができない。

2  請求原因2(二)について。

採石法第三三条の四は、「都道府県知事は、第三十三条の認可の申請があつた場合において、当該申請に係る採取計画に基づいて行なう岩石の採取が他人に危害を及ぼし、公共の用に供する施設を損傷し、又は農業、林業若しくはその他の産業の利益を損じ、公共の福祉に反すると認めるときは、同条の認可をしてはならない。」と定めているところ、右規定は、その文理に照らし、専ら公益的見地から採取計画を規制するところにその趣旨があるのであつて、採石の行なわれる土地について私人が有する所有権等の私法上の権利を保護しようとするものではないことは明らかである。したがつて、本件において、仮に、訴外会社の採石行為により原告の本件土地に対する共有持分権が侵害されることとなるとしても、これをもつて直ちに、右規定にいう公共の福祉に反する場合に該当するものとすることはできない。右と同旨の本件裁定の判断は正当であり、原告の請求原因2(二)の主張は採用することができない。

三原告は、新たな証拠として甲第一、第二号証を提出するが、記録によれば、本件において裁定委員会の審理の終結した日は昭和五六年一一月六日であるところ、原本の存在及び成立に争いのない乙第一号証の一ないし四、同第二号証の一、二、同第三号証及び原告本人尋問の結果に右甲第一、第二号証の存在自体をあわせれば、本件原告外二名を原告とし、四国車体工業株式会社外一名を被告とする高知地方裁判所昭和五五年(ワ)第一五五号損害賠償請求事件外三件の併合事件において、本件原告は、その訴訟代理人(松岡泰洪外一名)により、昭和五六年三月五日の第八回口頭弁論期日に本件甲第一号証を甲第二五号証として、同年一〇月一日の第一二回口頭弁論期日に本件甲第二号証を甲第四七号証としてそれぞれ提出していることが認められ、右事実に照らすと、原告の前記新たな証拠の申出は、鉱業等に係る土地利用の調整手続等に関する法律第五三条第一項第二号所定の要件を具備しているものとは認められないというほかないから、これを却下すべきである。よつて、原告の請求原因3の主張も失当である。

四以上の次第で、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(鈴木潔 河本誠之 松岡靖光)

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